Final count down

いやぁ~ホント久しぶりですね。前回の記事からもう2ヶ月ですか?あまりの時間の経過の長さからもうこのブログで何を書いたらいいのかサッパリわかりませんがな。それで何か書かなくてはいけないと思い、今まで書いてきた記事を読み直したらビックリ!!僕はこんなにもアホで破廉恥なことを書いてきたのかと。

今日は前回の日記(1月1日)から今日までの間にCLFが一体どうなったのか?そしてこれからCLFはどうなっていくのかということを、僕のことを中心に書いていきたいと思います。

CLFもついに本格的に受験戦争というものに巻き込まれましてね、あれからみんなセンターやらなんやらそれぞれ勉強してたんですよ。CLFの面々はクラスがバラバラですし、クラスの位置的にも会う機会が全くないんですよ。そんな感じでずっとお互い話すこともなくセンター試験を向かえました。まず一本目はセンター当日の話

センター試験は1月19日にあって、その日僕はなんとなく髪をセットしたらツンツンな感じになってしまったんですね。特に変な感じじゃなかったので、普通に試験会場に向かうため地下鉄に乗ったんですよ。なんの気も無しに座席にすわったらなんと向こう側に同じ中学だった女の子が座ってるじゃないですか!!その女の子というのは大塚愛と矢田亜紀子を混ぜて、いいところだけ抽出したような、ホントにメチャメチャ可愛い人で、声もすっごいあまーい感じのそれはもうパーフェクトな女の子だったんですよ。現実に会った女性で可愛い人ランキングをつけるとしたら間違いなくその人が一位になるような、それほどすごい女の子。やべぇよ

元々その「大塚さん」とはしゃべる訳ではなかったのですが、会ったのも久しぶりだし、今日がセンターってこともあって自然と話しかけてきました。

大塚「King君今日どこで受験するの?」

僕「俺は自分の学校だよ」

大塚「えぇ~いいなー。私なんか『国際センター』に行かないといけないんだよ」

なんとその国際センターというのは、僕が降りる駅の一個前の駅のところにある会場なんですよ!!ということはそこに着くまでの30分余りは大塚さんと一緒にいれる!!しかも乗り換えたりしないといけないからホームを一緒に歩いたり・・・エヘヘ

とまぁこんな妄想が瞬時にして広がるのですが、僕の悪い癖として「可愛ければ可愛い子ほどクールな態度をとりたくなってしまう」というのがありまして、変なところで余裕というものを魅せたがってしまうんですね。実際余裕なんてこれっぽっちもありませんが

僕「へぇ、国際センターなら俺の降りる駅の一個前じゃん」

とってもクールな対応をし、さも「君には興味ないんだよ」みたいなクールな口ぶりで言いました。その後も大塚さんは優しいことに話し続けてくれましたが、僕は相変わらずのクールさで話し続けました。向こうがどんなに話題を振ってきてもブルース・リーのごとくクールにバッサリ話を終わらせてやったわ!!内心はすっごいハッピッピーなんですけどね

後から友達から聞いた話ですが、大塚さんは「あの人(つまり僕)センターの時めっちゃカッコつけてたんだけど。なんか髪の毛も変に立てちゃってさぁ」と言っていたそうです。

チクショウ!!

まぁあんな態度をとればどんな人だってこういう事言うに決まってますよ。以前登場した「石原さん」だって言うって。大塚さんは悪くないよ。でもね、大塚さんを見てて思った。大塚さんは可愛いんだけど、そこまで好きじゃないなぁって。それとあんまりにも可愛すぎるのはどうかな?って

みなさんミロのヴィーナスという銅像を知っていますか?

そう、あの両腕のない女性の銅像ですね。

Miro

1820年に一人の小作農の人が見つけたとされる女性の像。そのあまりの完成度の高さ・美しさから世界最高の女性像とも称される銅像です。現在はルーヴル美術館で監理され、ただ一度だけ日本で特別展示されたこともあります。

この像のすごいところは「両腕がない」という不完全性をもってして究極の美を体現している点なんです。もしもこの像に両腕があったならばここまでの美を作り出すことは不可能だったでしょう。

それと同じように現実の女性に対しても同じことが言えるのではないでしょうか?例えば榮倉奈々さんは現在この地球において最も完璧な美を持っていらっしゃる。しかし本当にそれでいいのだろうか?果たして完成品を追い求めることに意味があるのだろうか?

かねがね僕は以前からそのような疑問を持っていました。確かに榮倉さんは可愛いし美人だ。しかし単に可愛く美人であるだけでそれ以上何も求めようと思えないのです。完璧に磨き上げられたガラスが光をすべてそのまま反射してしまうかのごとく、やはりある程度の粗をもってして光を吸収することも重要だということに気がつきました。

以前ボブ君が「女子高生はもはや完成されすぎている。そこに何の面白さもあるわけがない」と言っていましたが、今になってやっとその意味がわかりました。

不完全の美を持ってして究極の美を成す。少し美しくない部分、すなわちブサイクさを持ってして究極の美を成す。「God bless you」の記事の時にも触れましたが、究極の美は追い求めるものではなく、自ら作り出すものである。それが大事なのではないかと思います。まぁ早い話が僕は単なるB専なだけなんですけどね

そうですねぇ、センターの後何がありましたっけか?そうそう、「伊藤さん」覚えているでしょうか?

覚えていない人のためにサラッとおさらいすると、伊藤さんはこのブログを見てるくせにあえて言ってこないというちょっぴりいやらしい人なんですね。伊藤さんに限らずこのブログを見てるくせに僕に言ってこないという人はそれはもう沢山いるわけで、ブログを見ているという素振りをみせるだけまだ伊藤さんはいい方なんですよ。

てかホントにブログ見るの止めてほしいですよね。いや、別に完全に見るなとは言いませんよ。たった一人、夜中にお菓子でもボリボリ食いながら電車男に出てくるオタクのような感じでこのブログを観てくれる分には大歓迎ですよ。むしろ見てくれ。だけどね、僕の学校の人でこのブログを見てるやつってのは大体が話のネタにしたいがために見る人が大半なんですよ。だから友達同士で

A子「ねぇねぇ、昨日のブログ見た?」

B子「見た見た!!相変わらずKINGって変態だよね!!」

A子「いっつも『榮倉さん』とか書いちゃってさぁ、マジでキモいんだけど」

C子「ねぇ、さっきから言ってるブログってなんのこと?」

A・B「えっ知らないの?あのKINGがブログやってんだよ」

C子「あの塚本高史と福田沙紀を混ぜて失敗したような顔してるあのKING?」

B子「そうそう、あのKINGだって。」

みたいな会話が繰り広げられてるわけなんですよ。基本的に高3はこの時期暇なんですよ。勉強以外やることないし。そこに彗星のごとく現れたのがこのブログですがな。そりゃぁもうみんな飛びつくって。こんなオイシイものないからね

まぁここまでは100歩譲って許すとしましょう。だけど何が一番許せないかって言うと「カップルで見る!!」という事なんですよ!!これはもう許せない!!カップルで見て話のネタにするのだけはマジ勘弁。ブログをネタにするのダメ、ゼッタイ。

CLF内でもボブや彩香や友紀もこういうことやってんですよ。ボブはいいとして友紀と彩香はホントに止めてほしいですよ。頼むからこのブログをネタにしないでね

話を元に戻しましょう。それでセンター試験の数日後にたまたま伊藤さんと一緒に帰る機会があったんですよ。普通、高校生が男女で一緒に帰るというと、微笑ましく仲睦まじい光景を思い浮かべるかもしれませんがここでは違います。

もうお互い腹の探り合いっすよ。向こうはかるーく映画の話に触れてきつつもあくまでもブログのことは言わない。僕もブログの事は絶対言わないようにしつつ向こうが吐くように誘導する。ホント色んな事を考えましたね。もう直接言ってしまおうかと。だけどもし向こうが素で知らなかったら?そしたらそれこそ本当にばれてしまう。

結局何も進展のないまま解散しました。あ、ちなみに向こう彼氏いるらしいですよ。いつからいるのかは知りませんが、きっと伊藤さんもこのブログ見ながら、彼氏と駅前にいるようなカップルぐらいにイチャイチャしてるのでしょうね。頼むから勘弁してくれ

そんな感じでどんどん日は過ぎていってですね、ついに僕達も卒業ですよ。

ボブは前々から言っていた「教師になる」という夢を追いかけ、県外の教育系(教員養成っていうのか?)の学校へ進むことになりそうです。そう、僕の大親友のボブですよ。向こうは僕のことをこれっぽっちも親友だなんて思っていないボブです。最近恋というものに狂ってしまい、僕に対してそっけないボブ。そんな彼が進む学部ですが、どこなのかと言うと何がしたいのか丸わかりなのであえて言いません。ホントに下心丸出しもいいとこです。

彩香さんは地元の大学の心理学系の学部に進むそうです。学校では「鬼武者」というあだ名を持っている彩香さん。心理学なんか学んでいったい何する気なんでしょうか?いやぁ~ホント彩香さんは怖いですね。きっと大学では学部単位で制圧してくれるほどのハッスル振りをみせてくれるのでしょう。以前より温めていた「なぜ男女間において友情は成立しないのか?」というテーマに挑むそうです。

女皇・友紀さんは県外の有名私立大学に進学するそうです。かねてより「費用対効果」という事柄に非常に興味があったそうで経済の道を究めるそうです。てか「費用対効果」ってなんだよ?どうせあれでしょ?紳士達に○○させるとかの類でしょ?相変わらず「高校生ってホント余裕ないよね」が口癖です。はい、ごもっともだと思います。

スクラッチャーは今年だけ某大手学校法人のお世話になるそうです。和製Mrビーンの異名をとるスクラッチャーと僕はマジで大親友です。「笑われ芸」というお笑いにおいて新しいジャンルを開拓した彼は、将来ガンダムを作るため機械工学の道へ進むそうです。あれ?エヴァンゲリオン作りたいんだったけか?

B専の僕ですが、周囲の想像に反し映像学部のある大学には進みません。僕は理系の人で元々映像学部には行く気がなくて、始めから理工系のところに行こうと考えてました。その大学でのびのびと自由に映画が作れたらなぁと思います。だけど最近の「恋空」のヒットを見てやる気がだいぶなくなりました。あのような内容で40億もいくだなんてマジメに脚本書いてきた自分が虚しくなってきまして映画に対するやる気がなくなってきたんですね。

でも40億のヒットですよ!!問答無用の40億。逆に言えばよくこの時勢を捉えたとも言います。現在の若者は映画を視覚だけで見ていて、複雑な話はダメなんですよ。それと自分達が見たいと思うような若い感覚の映画がない。そこに表れたのが「恋空」です。主演も新垣さんというとても親しみの持てる主演で、しかも映像感覚としても若い。観客のニーズを丸っきり無視している邦画界において、その対極にあるのが「恋空」と言えるでしょう。・・・対極すぎるけどね

ずっと僕は「映画は娯楽だ」と言ってきて、映画は観客ありきのものだと思っています。恋空のヒットを見て、なんていうんでしょうね・・・自分の作りたいものと観客とのギャップを痛切に感じて、その間で葛藤すると言うかなんというか・・・うまく言えませんね。ちょっと自分の中で映画に対して踏ん切りがつかないというか何と言うか。すごい悩んでる状態です。

だけど僕には「いちご100%を実写化する!!」という小学生の頃からの夢があるのでなかなか映画の道は諦められないんですね。言っておきますが「いちご100%」はけっして卑猥なマンガではありませんよ!!僕は世に漂うそんな風潮に真っ向から反論したい!!僕は春休み・夏休み・冬休みと、休みになるたびに全19巻のこのマンガを50周は読みます!!だからもう通算で300週以上してるのかな?もう暇なときは脳内読書して一人でニヤニヤしてるぐらいです。これから映画作ろうとしている人は必ずこれを読め!!そして100周しろ!!たかだか1.2回読んだだけじゃこの本の本当の価値には気付かないから!!百週ぐらいしたときに初めてこの物語の完成度を知るぞ!!緻密に構成された物語、全編に張り巡らされた伏線、映画を撮るというサクセスストーリーに絡めた繊細な心理描写の数々。映画について、オーソン・ウェルズの映画よりこの漫画から学ぶことの方がはるかに多く実用的です。てか時間があるならもっとみなさんに語ってしまいたい。この内容だけで僕は5時間は語れます。いや、もっとだな。時間がないのが非常に残念です。

そうそう、今回で最後と言うことでもう少しだけ語っておくと、以前「どうやったら映画を完全読解できるのですか?」というコメントが来たのでお答えします。(コメントは本人の希望により未公開)

う~んと、まず最初に言っておくと「映画なんて別に完全読解できなくていい」というのが僕の本音です。映画ってのは一回観ただけで話の90%が理解できるようにしなくてはいけません。苦労して読み取ることに何の意味もありません。僕は中学生の頃、かなり無理をしてゴダールやらアントニオーニの映画を観ては必死に意味を読み取ろうとしました。読み取ると言うか自分の知っている知識に無理やりこじつけたりしてましたね。ヨーロッパ映画やアメリカ映画はすべてキリスト教的観念に基づいて製作されているので聖書を読まないことには何も始まらないわけで僕も無理して読みました。他にも色々な神話の話や、歴史の話などを読んで教養をつけていったらある程度のことはわかるようになりましたね。

映画なんてものは娯楽なのですから、映画側に楽しませてもらわないとダメなんですよ。こっちから意味を読み取らせるのはナンセンスというものです。だから別に読解なんて出来なくていい。というか僕自身も完全に読解できてるとは思いませんが。

もしそれでも読解できるようになりたいと言うのなら、70年~80年に作られたヨーロッパのつまらない難解な映画を観て理解しようとして苦しんでください。そのうちある程度のことは読み取れるようになりますから。多分

あと僕が言い続けている「映画は娯楽だ!!」ですが、やはりこれに反論したい人もいるかと思います。ですが僕に反論する前に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「ロスト・ハイウェイ」「ファニー・ゲーム」「エド・ウッドの作った映画」を立て続けに観てください。そして「アルマゲドン」を観てください。きっとマイケル・ベイが神に思えますから。

それでも「映画は娯楽ではない」と主張できるのならば僕はもうその人を尊敬します。僕も「映画は娯楽ではない」と認めます。というか映画の道を諦めるよ。勘弁して

えっとまぁそんなわけでついにCLFも解散です。それぞれが自分の道に進んでいくわけです。ホントこの3年間は大変だったし、それ以上、いや2倍も3倍も楽しかったです。特に友紀と彩香にはホント感謝してます。感謝してる様子なんか実生活では微塵もだしませんけどね

来年の映画甲子園についても出品できるならCLFは本当の最後の作品として出品するつもりです。最後はアクションじゃない、登場人物の心の動きに焦点をあてた短いドラマを作るつもりです。第三回の映画甲子園の授賞式会場で、やったら名古屋弁が強くて、塚本高志と福田沙紀を混ぜたような男がいたらそれは僕なんで声かけてやってください。

ついにこのブログも今日で終わりです。CLOSED LIGHT FILMSのメンバーには本当に心から感謝しています。そしてこのブログを見てくださった方たちにもお礼を申し上げたいと思います。

本日をもってCLOSED LIGHT FILMSは解散し、そしてこのブログも終了いたします!!

本当に今までありがとうございました!!

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WikipediaとYouTubeに関する考察

明日の次の日」連動企画 「Wikipedia」と「YouTube」に関する考察

混沌の中にも秩序はある

「一見無関係に見える2つの事柄、しかしその裏では重大な共通点があった」というのは現実でもよくあることです。映画においても今までに非常に多くの作品が上記のことをテーマに製作され公開されてきました。事実、「予測できない不安定な実験結果の中から一定の規則を見出す方法」というのは「カオス理論」と呼ばれる、一つの理論として完成されているのです。一つの規則を導き出した後に更なる真実が待ち受ける

ここに二人の男がいるとします。一人は「塚本高史」という売れっ子芸能人で、女性から多大な人気を集めています。もう一人は「King」という名前だけは偉そうな名古屋市在住の、女性から全く人気のないしがない男。青春真っ盛りな高校3年間を映画に捧げカメラ片手に学校中を歩き回り、みんなからは「あぁ、あの盗撮の人ね」と、とっても栄誉ある認識をいただいてるKing君です。チクショウ!!

一見全く共通点のないように見えますが、前述の「カオス理論」を用いれば、そこから素敵な共通点を導き出すことができるのです。そう、遠くから見ると顔が似てないこともない

いやもうこれにはビックリしましたね。朝顔を洗って鏡見たらそこに塚本高史がいるんだもん。今まで自分は福田沙紀似だと思っていたのになんなのこれは。多分僕が成長したからなんでしょうけど、成長というものはここまで人を変えるものなのでしょうか。以前僕の大親友が「たかが一年と言えど、中学三年生と高校一年生ではまったく別次元の存在である」と言ってました。うん、何のためにこの言葉を引用したかよくわからんくなってきた。とにかく僕は成長して顔が変わり塚本高史に似てきた。気持ち塚本高志似

「カオス理論」を応用することによって導き出された「Kingは塚本高志に似ている」という規則。しかしながらなぜこうまでしてKingはモテないのか?と考えたときに「Kingは変態だから」という非常に潔い真実が浮き彫りになってくるわけですね。とっても素晴しい「カオス理論」

今回はこの「カオス理論」を使ってもう一つの事柄について考えてみたいと思います。そう、「YouTube」と「Wikipedia」について

「YouTube」と「Wikipedia」は今日のネットの検索ワードランキングにおいて常に1位と2位を独占するほどの人気サイトです。今更この2つがいかなるサイトなのかは説明しなくてもいいとは思いますが、簡単に言うと「YouTube」は動画を誰でもネット上にアップすることが出来、また他の人がアップした動画を見ることが出来るサイトで、「Wikipedia」はネット上の百科事典ともいうべきサイトで誰でも内容を編集することができます。

この二つについても「カオス理論」を用いることによって共通性を導き出すことができます。今回の共通性は「みんなでより良いものを作っていく」

この共通性を見たとき、どっかのお偉いさんが言った「もっとも効率がいいのは協力することである」という言葉を思い出しました。そして「YouTube」と「Wikipedia」が大人気というところを見ると、この言葉は間違っていないということです。僕自身「みんなでより良いものを作る」という心意気には大賛成です。実際みんなで映画作ったりしてますからね。そういえば図書館というのはイギリスかどっかのインテリ国の読書家の人たちがいちいちお互いに本を貸し借りするのが面倒だから、みんな一箇所に本を置いておこうぜーというのが発展していったものだそうです。うん、別にこんな図書館の歴史なんか語る必要なかった

大体にしてこのインターネットという存在自体「みんなで考えを共有する」というものじゃないですか。それをさらに顕著にしたのが「YouTube」と「Wikipedia」ですよ。一つは映像としてのアイデア共有、もう一つは文字としてのアイデア共有。これはもう情報伝達の最たる手段ですよね。何年後かには「知覚」の共有までできてしまうかもしれません

ただ本当に共有することすべてがいいとは限らないですよね。やはり物事には善悪があるもので、悪い考えも入ってきてしまいます。物事との距離が近づくにつれ、それだけ良いことにも悪いことにも近づいていってしまうんですよ。その一例がネットの発達によって誰もが簡単に卑猥な画像をみることができるようになってしまった

今時の子供は昔の子供に比べ何事に対しても「我慢」することができなくなったと言われます。ここ数年で子供の忍耐力は劇的に変化し、教育現場でもその変化の早さがしきりに叫ばれています。ニュースを見れば青少年達が「人を殺せば刑務所に行けると思った」だとか「ムシャクシャしてやった、どうでもよかった」などと理不尽な理由で犯罪を犯しているという報道が盛んに流れています。日本は一体どうなってしまったのか?

それもやはりこの「共有」というのが大きな要素になっているんですね。昔の青少年達は卑猥な画像を手に入れるためにそれはもう多大な苦労をしたもんです。顔を覚えられないように隣町の本屋に行って変な本を買ったり・・・まぁ知り合いがいっぱいこのブログ見てるんでこれ以上卑猥なことは言いませんが、とにかくU-18の男達は常に「冷静と欲望のあいだ」で戦っていたんです!!それは我慢を覚えるというすべての少年達の通過儀礼だった

しかし現在の青少年達はどうだ?大した苦労もなく家でパソコンをひらくだけでとっても淫猥な画像や、果てには動画まで手に入れてしまうではないか。それも小学生でも見れてしまうという非常にフリーダムもいいとこな社会になってしまった。そして誰も「我慢」というものを覚えなくなってしまった。それじゃあこんな殺伐とした世の中になっても仕方ないわな

このように「共有性」が高まっていくと同時に社会が歪んでいくところを見ると僕は胸に不安を覚えてならない。そう「YouTube」と「Wikipedia」が人気なところが

混沌の中にも秩序はある。ハッキリ言ってこのどうでもよくて読みにくくカオスと化したこの記事にも規則はある。ついでにいうと前半と後半の文にも共通性がある。それは

別にカオス理論関係ないしオチがない

その先にある真実は

やっぱ俺ってアホだわ

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映画甲子園にアクション映画を出品!!

いきなりですがみなさん現在の日本映画をどう思いますか?

僕は小さいときから多くの映画を見てきましたが、残念ながら日本映画で心に残るものは現在まで一本もありませんでした。

現在製作されているほとんどの日本映画というものはドラマの映画化、アニメの劇場版等、スクリーンをテレビ画面と勘違いしているものばかりです。そしてたまにでてくる何のために作っているのかわからない芸術作品・・・

それに比べて洋画は本当に面白かった!!カッコイイ主人公が幾多の危機を乗り越えて最後には財宝と美女を手に入れる。または武術に優れた主人公が民衆を救うため悪を爽快に蹴散らしていく。子供ながらに「邦画はだめだけど洋画は最高!!」と思ったものです。特にアクションが大好きだった僕は必然的に洋画寄りになっていきました。

ですがここ最近になってなんだか悔しくなっていきました。なぜ日本はアクションをやらないのか?アメリカンに好き勝手やらしておいてジャパニーズの映画人は悔しくないのか?

さらに悔しいのがアクションをやらない代わりにドラマ面白いかというとこれがぜんぜん面白くない。どの日本映画もメリハリに欠けて終始地味なままで終わってしまう・・・たいした心理描写もできない・・・

日本の映画人は大和魂見せたらんかい!!

ポール・ヴァーホーベン(ロボコップ・インビジブル)みたいに気合で映画を作るやつはいないのかと。

魂どうのこうもまず日本は娯楽映画がない。映画ってビジネスでしょ?客が満足して映画がヒットして儲かってナンボでしょ?今の日本映画(アニメは別)を見ているとホントに儲けようとしてるのでしょうか?最近は日本沈没やデスノートなどちらほら娯楽映画がではじめていますがまだまだ洋画に比べたら全然ですよ。そんなことだから洋高邦低なんて言葉が作られちゃうんでしょうが。僕の周りの友達に聞いても「日本映画はつまらない」って言うのがほとんどです。

さて前フリが長くなってしまいましたけど結局何が言いたいかと・・・それは

日本に娯楽映画がないなら自分で作ってしまえ!!

もう僕は日本映画に絶望しましたよ。いつまで待っても優れたアクションエンターテイメントがでてこないじゃないですか?もうこれは自分で作るしかないなと。もう誰もアクションやらないなら自分でやっちまうぞと。高校生だけどアクションやっちまうぜと。

そこで映画を作る際に自分に3つルールを決めました

  1. 絶対に娯楽。芸術禁止
  2. アクションは高校映画界最高のものを。少なくともチャリエン以上の殺陣はやる
  3. アクションだけじゃなくドラマパートにも力を入れる

まず一番ですが、今の日本の映画ってプロ・アマ関わらず娯楽が非常に少ないんですよ。以前大学生が主催した映画祭を観に行きましたがどれもこれも意味不明で一体何のために映画を作っているのかさっぱりわかりませんでした。高校生も同様で何本か映画を見せてもらいましたがやはり何のために作っているのかわかりませんでした。

僕は高校で自分の作った作品をたまに上映しているのですが、高校生ってのはすごくシビアで、「面白かった」か「つまらなかった」の二通りしかないんですよ。大人の場合はつまらない中にも意味を見出そうとしますが高校生は違う。少しでもつまらないと批判されちゃいます。そういうところからも「やっぱ映画って娯楽なんだ」と痛感させられます

2つめですが、アクション映画を作る以上はアクションの真似事じゃなくて本格的なアクションをやらなくてはいけません。子供のけんかみたいに「やぁーやぁー!!とぉー」みたいな感じじゃなくて、ジャッキーみたいに連続して攻撃と防御を繰り出す。最低でも5手以上の連続技ということに決めました。そしてキャメロン・ディアズよりかはすげぇアクションやってやろうぜと

3つめは、これをわかっていない映画人が何と多いことか!!アクション映画というのはただアクションをやればいいということではなくて、戦いに至るまでにいかに主人公に感情移入させるかがポイントなんですよ!!例えばアクションを2時間フルにやる映画が面白いでしょうか?面白くないですね、飽きますね。だからいかにアクションとアクションの間を感情移入させて引っ張るか。

もう一つ話をさせてもらうとなぜ続編は面白くないのか?スパイダーマンの場合、特殊能力を授かった主人公が運命を受け入れやがて悪に立ち向かうという成長物語に対して、続編は主人公の日常を描くだけになっているからです。主人公の成長というのはもっとも感情移入しやすく、自分も成長した気になるから面白いのです。だが大概の続編には成長をいうテーマが抜け落ちる。大ヒット映画というのはみんな主人公の成長をテーマにしているんですよ(タイタニック・ET・スターウォーズ)

説明はいいから結局映画はどうなったんだよ!?とみなさんお思いでしょうが、結論から言うと

作ってやりましたよ!!高校生のクセにアクションを!!

だいたいこのブログ自体が映画の宣伝ですからね。まず校内でアクション映画を作りたい人を集めてCLOSED LIGHT FILMSというチームを結成。一年かけてひたすら「酔拳」「蛇拳」「マトリックス」のアクションシーンを完全コピー。それから自分たちでオリジナルの殺陣を作り出す。「首から下は本気でブチ込む!!首から上はたまに本気でブチ込む!!」を掲げて、ワイヤーなしでマットも敷かず香港スピンやったり無茶苦茶なことしましたね。骨が折れなかったのが不思議ですよ。まぁヘルニアにはなりましたが(笑)他にも○○から落下したり、○○で殴られてみたり、掃除用具入れの下敷き(これは予告編で見れます)になったり・・・

ドラマも2年かけて脚本を書いたのでそれなりの仕上がりにはなったと思います。この話は強大な敵の前に苦しむ主人公とそれを助けてやることができない友人の心の動き・葛藤がテーマになっていて、登場人物の誰かには必ず感情移入できると思います。

映像面にもこだわりがあって全編においてエフェクトをかけてあり、主人公が体験するダークな世界を表現できたと思います。他にも合成やパートカラーなどを駆使して独特の世界観を作り出してます

他にもコアな映画ファンのためにお遊びとしていろいろな作品からどっかでみたことあるような映像がいれてあります。(オマージュ?)主にB級映画からですからほとんどわかんないでしょーが

さてそんな映画ですがタイトルはというと神話/21gの代償です。さぁこの神話、最初は50分程度の映画にするつもりがなんと1時間45分もの超大作になってしまいました。これでも泣く泣く10分も削ったのですが。そんなわけでできあがったこの作品。

これを映画甲子園に出品したいと思います!!

さぁこれでやっとこのブログがいかなるものなのかやっとわかってきたと思います。そう、これは映画甲子園出品する者達の映画甲子園への道のりを綴るブログなのです。

さぁそんな映画甲子園ですが、去年の第一回目ではアクション映画は一つとして受賞おろか第一次審査すら通過していません!!だいたいにしてアクション映画と映画祭というのは相性が最悪です!!果たしてCLOSED LIGHT FILMSはどうなってしまうのでしょうか!!

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